新蕎麦になりました

新そばの時期になると、感じる事があります。

それは、新そばが、新そばだけが、一番おいしくてそこから時間がたてばたつほどおいしくなくなってゆくのだ、などとは私は思っていないのですが、つまり年を越したほうがそば粉は落ち着くとも思いますし、例えば端境期のそばだとしても、ここが蕎麦屋の腕の見せ所なのですが、挽きたてのそば粉で丹念に打てば味が落ちるとは思わないのです。

が、しかし、私の思いなどは超越して、
実際に新粉で新そばを打ってみますと、手に吸い付くような瑞々しさと手のひらを跳ね返すような力強さが同時にあって、わずかに薄黄緑色の幻想的な色合いとあいまって、自然の恵みの想像を越えた豊かさに、打ち手として、毎年、ソッチョクに、やっぱりちょっと感動してしまうのです。(2003/11/26)
お蕎麦大好きそば店主?

「10年の味を覚えよ」と修業先の社長に教えられてから26年が経ちました。その間、ほぼ毎日、つまりお休みでない日は毎日、一日に一度はお蕎麦を食べてきました。一体今までに何食位食べたのか。

私は一度にもりそば二食分位いを頂きます。一年で平均すると650食位はいくでしょう。650食×26年=1万6900食となります。この数字、多いのか少ないのか。一日に一食ですと52年かかる。そう考えますと、決して少なくはない。むしろそんなに食べて大丈夫?というカズなのかもしれません。

それに加えて、父方も母方の実家も蕎麦屋でしたので、仕事に入るまでの間に1000や2000は食べていると思います。

お蕎麦が好きで食べてきたのですが、あらためて静かに考えますと「お蕎麦大好きそば店主」ではなく「お蕎麦大喰らいそば店主」なのではないかという声に素直に耳を傾けねばならない1万6900食ではある、と思うのです。(2004/3/16)
ルチン

ルチンとはかつてビタミンPと呼ばれ、エンジュやタバコに多く含まれますが、食べられるものでは蕎麦にしか含まれません。昔から蕎麦が高血圧予防に効果があるといわれているのはルチンの働きにほかなりませんでした。現在では、その他にも、ソバポリフェノールの一種であるルチンが大変すばらしい能力を備えている事が次のように明らかになってきました。

<毛細血管の強化>
毛細血管の膜に厚みと弾力性を持たせる働きがあるため、血管を強化させ切れにくくし血液そのものを浄化する作用があります。

<血圧降下作用>
血液の流れを良くし血圧上昇物質の働きを弱めます。血圧はアンジオテンシン2(血圧上昇)、ブラギニン(血圧降下)のバランスによって保たれており、このバランスが崩れると血圧が上がったり下がったりします。ルチンは血圧上昇物質の働きを弱めます。そのため、高血圧や脳溢血、高脂血症、動脈硬化症などの血管障害の予防に効果があります。

<すい臓機能の活性化>
血糖値の調整を行うすい臓に障害をもたらす物質の働きを弱め、インシュリンの分泌を促し、血糖値を下げるため糖尿病の予防と抑制に効果があります。また、眼底出血などの合併症予防にも効果的です。

蕎麦のたんぱく質

ゴチャゴチャとした話になるかと思いますので恐縮なのですが、一度は調べておきたいと思っておりましたから、数回に分けて蕎麦の栄養の話をさせてください。興味の無い方はどうぞ飛ばしてくださいね。

お蕎麦は、人間の生命維持や成長に不可欠な体内では合成されない良質のたんぱく質を豊富に含んでいる食品です。

たんぱく質の評価は「たんぱく価」(プロテインスコア)という数字であらわされます。約20種類のアミノ酸が理想的な配分で入っている食品を基準にして「たんぱく価」というものを決め、どれか一つでも不足している場合には、そのパーセンテージを求めて100から減らしていってその食品の価値をあらわします。

たんぱく価が「100」なのは鶏卵です。蕎麦粉のたんぱく価は小麦粉の「47」、お米「72」に対して「92」で、鶏卵に匹敵する高さを示しています。

また、たんぱく質が含まれる分量からいっても、100gあたり、米6〜7g、小麦8.5gに対して蕎麦粉には13gからのたんぱく質があります。しかもその質が優れているので、その量と質を掛け合わせると、蕎麦たんぱく質の栄養価は白米たんぱく質の約5倍になるといいます。

お蕎麦、ご飯、パンともそれだけ食べる分にはカロリーに大きな違いはありません。しかしご飯やパンは栄養成分の組成バランスがあまり良くないため、それだけ食べるのでは栄養的にかなり偏りのある食事になってしまいます。たとえば体を維持するのに必要なたんぱく質を摂るために米だけ食べているとしたらよほどの「大メシくらい」(1日に7合)にならなければなりません。小麦の方はそれだけ食べていたのでは体を維持できません。ですので西洋人は小麦を主食とはせず、肉食をしてたんぱく質の不足を補っているわけです。

主食とオカズの組み合わせを基本とする他の食事パターンと比較した場合、お蕎麦は、白米や小麦粉に比べてたんぱく質含有量が多いだけでなくたんぱく価が非常に高く、ミネラル、ビタミンもほど良く含んだ低カロリーでヘルシーな栄養バランスの良い食品であるといえます。

<えー、今回は蕎麦の栄養の中で「蕎麦のたんぱく質」の話ですが、内容につきましては、諸先輩や先生といわれる方々が書かれたもの、色々なHP、百科辞典等々を参考にさせていただいております。>  (2003/10/14)

風評=遺伝子vs蕎麦パワー

先日、私が「くも膜下出血で倒れた」という風評が流れました。くも膜下出血といえば、幸い処置が間に合ったとしても、その後の脳血管れん縮で脳梗塞を引き起こしたり、重篤な後遺症を残したり、発症者の3割くらいが死にいたるという怖い病気です。

二つ下の弟が3年前にくも膜下で倒れており、今回の風評はそれとゴッチャになったものなのでしょう。仲間内の笑い話で済んだのですが、話しも忘れかけた頃、女房が「ダンナ大丈夫かね?」と二人の方から別々に聞かれたそうです。そのお二人の方は、風評元とはまるで関係のない方たちでどこでどう繋がっているのか…う〜ん、風評なかなかに恐るべし、です。

さて、母方の祖父が脳卒中で亡くなりましたので、弟のこともありますし、私がその遺伝子を受け継いでいるのは間違いないと思います。3年前まで25年以上ヘビースモーカーでした。酒飲みです。御酒は地酒の美味しいのを欠かさずいただいております。

こんな私ですから、【ルチン】で調べましたように、蕎麦には血圧を下げ、動脈硬化を予防し、毛細血管を強くするという優れた働きがありますといわれても、素直にアッそうですね、と納得はできません。蕎麦のパワーvs私の遺伝子+生活習慣の戦いなのです。結果には甚だ自信がありません。今はただ、蕎麦を毎日食べているお陰で、御酒は地酒の美味しいのを欠かさずいただいております、などという幸せなことをのたもうていられるのではないか、という祈りにも似た思いだけなのです(*^^*)。

弟の方は本当に運よく、数ヵ月後に社会復帰することが出来たのでした。(2004/06/29)
天ぷらそばの天ぷら

蕎麦屋の天ぷらは、天ぷら自体はもちろんの事、お蕎麦を美味しくするための天ぷらでなくてはなりません。

現在は大体どこの蕎麦屋さんでも「揚げたて」の天ぷらをお出ししていると思います。しかし以前は、朝の仕込みの時にまとめて天ぷらを揚げて置き、冷めた天ぷらをお昼に使っていたものでした。

とお話しますと「おいおい、随分ひどい話じゃないか。冷めた天ぷらは不味いだろう」というお叱りのお声が聞こえてきそうです。

みなさんも、冷めた天ぷらに「分」は無いとお考えでしょう。私も断然揚げたての天ぷら派です。しかし、ここが味の世界の面白いところで、こと天ぷらそばの天ぷらに関してはそうとばかりも言い切れないのです。

以前の蕎麦屋では、天ぷらそばのご注文が入ると片手なべにつゆを沸かし、その中に「揚げ置き」の天ぷらを落としてひと煮立ちさせてから、汁ごとおそばに掛けてお出ししていました。その揚げ置きの天ぷらは朝方に揚げた物で、昼時に使うまでに二、三度場所を移され、冷めて油が切れた状態になっていたわけです。衣もほんの少し今より硬めだったと思います。

冷たいおそばに天ぷらが付く天ざるが登場する前はほとんどの蕎麦屋の天ぷらは「揚げ置き」でした。天ざるが登場して後、蕎麦屋の天ぷらは「揚げたて」に代わっていったのです。

現在は泉家をはじめ大体どこでもご注文を伺ってから揚げる「揚げたての天ぷら」です。「揚げたて」の場合はなべに落としますと衣が溶けてしまいますからおそばの上にじかに天ぷらを置きその上からつゆを掛ける様にいたします。あるいはつゆの上にジュウジュウいってる様な天ぷらをそのまま置くようなことになります。

冷たいそばに天ぷらが付く天ざるの場合は揚げたてのサクサクとした天ぷらがよろしいです。では、天ぷらそばの場合はどちらが美味しいのでしょうか。

ほとんどの皆さんは揚げたての天ぷらそばに軍配を上げるのではないでしょうか?それが今の時代が求めたひとつの正答です。

同時に、揚げてから二、三度場所を動かされ二、三時間以上経った揚げ置きの冷めた天ぷらを沸騰したお汁の中に落とし、汁ごとおそばの上にかけた天ぷらそばのほうが美味い、という答えもあるのではないでしょうか。

つまり、「揚げ置きの天ぷら」は蕎麦屋が横着で手間を省くだけのためではなくて、古の時代が求めたひとつの正答であって、味の道理にもとずいた存在理由のあるものだったと思うのです。

ある時、ラーメン店のご主人が「半日くらいほっぽらかして置いたような天ぷらに天丼の汁をたーっぷり染み込ませたような天丼が俺りゃー好きだ」と言われました。

私の好みは、このご主人の言を借りれば「半日くらいほっぽらかして置いたような天ぷらを、手鍋の中でひと煮立ちさせ、そばの汁をたーっぷり染み込ませたような天ぷらそばが俺りゃー好きだ」となります^○^。

「そんな天ぷらそばが食べたい」というお客様がいらっしゃいましたなら3時間くらい前に電話くださいね。喜んで対応させていただきます。(2004/05/25)
春の応援歌
   
   コノサカズキヲ受ケテクレ
   ドウゾナミナミツガシテオクレ
   ハナニアラシノタトヘモアルゾ
   「サヨナラ」ダケガ人生ダ
             井伏鱒二

この詩を口の中でぶつぶつと呟くと、コンバンモマタノマネバナルマイ!といった確信に近い感情がふつふつと湧きあがってくるから不思議です。井伏さんは、もしかするとひょっとして、酒飲みであるご自身のための応援歌の春バージョンにしようとして訳詩されたのかも知れぬ、などとさえも思えて来るのです。このハナはサクラでしょうか。サクラ吹雪の下で杯をかたむけている情景をしみじみと思い浮かべて、「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と来ますと、「そうかサヨナラダケガ人生なのか、アァ悲しいなァ・・・もう一杯!」となってしまうのです。

いやはや何ともアイも変わらず訳の分からぬダラシのない話で恐縮ですが、この応援歌は、私の場合、次の時節の応援歌の「メニハアオバ ヤマホトトギス ハツガツオ」が口をついて出て来るまで続くのです。いやはや何とも・・・。

先日、53日の成人式(2001/5/10)でお話した彼女が数年振りに顔を見せに来てくれました。今どうしているのか聞きますと自動車修理屋さんに住み込みで働いていると言います。しばらく話をした後、思い切って聞いてみました。「役者さんになる夢の方は・・・?」「今はまずお金をためてと思ってます。まだあきらめていませんよ」とニコニコしながら答えてくれました。

肩の力の抜けた物言いに、5年間で彼女が一回り大きくなったと思いました。なにも夢を追いかけるのに直線である必要はないのですね。そしてこの際、彼女にとって夢が叶うか叶わないかはそれほど重要な問題ではないゾ、という気が次第にしてきました。

彼女は自動車修理屋さんへのお土産にするので、この前と同じようにお蕎麦をクール便で送って欲しいと言いました。彼女にはもう『救援物資』は必要ないのでしょう。今回のクール便のお蕎麦は、彼女への春の応援歌のつもりで打たせて貰おうかと思っています。(2002/4/19)

夏大根イト・ウレシ

うだるような暑さの頃、楽しみで畑をやっている方から今年も夏大根を頂戴しました。この方の大根は細身で短小だったり、ズングリムックリで尻尾が二股、三股に分かれていたりで見かけは良くないのですが、激しく辛いので、おろし蕎麦にはぴったりなのです。

早速お店でおろし蕎麦に使わせてもらいました。
お客様はおろし蕎麦を召し上がりながら「ウ」「ヒ」「ハ」などと唸られ、箸を持った手を額に当てられ、テーブルにしばしうつ伏しておられたかと思うと、おもむろに起き上がり「フ」と一息つかれた後で「辛いねぇ」と仰られたそうです。

わくわくドキドキしながら私もお昼にヨバレルことに。大き目の猪口に夏大根をたっぷりすりおろして、もみ海苔と削り節を添え、ワサビと例のヘレツブで(相乗効果でこれがポイント?)おそばをスルスルとやりました。その瞬間、今年も期待に違わず、「ビリビリ」が速やかに口腔を突き破って延髄にまで達し、「ウン」御身思わずうずくまり、しばらく身動きが取れないほどの激しい激しい辛さなのでした、アイト・ウレシ。

ただしこの夏大根、頂くのは数本で一夏に一度っきりですので、お店や私共の食卓をアッと言う間に通り過ぎて行ってしまいます。だからこそまた、激しい辛さが一層楽しみになるのかも知れませんね。

おろし蕎麦の仕舞いには蕎麦湯をお使いください。蕎麦つゆや大根おろしが残っている猪口に蕎麦湯をさして下さい。激しい戦いを振り返りながら、口内穏やかに、心も静かに飲む蕎麦湯はとても美味しいのです。(2002/9/9)

至福のとき

先週、手に入れた4冊のそばの本、珍しくこれが4冊ともに当りで、とても面白い。定休日の今日はとっかえひっかえ開いてはながめ、ナカラ一日、そばワールドに浸りました。

1冊目はサライ編集部編「蕎麦屋で酒を飲む」で、袴には「玉子焼き、板わさ、鴨焼きから蕎麦味噌まで…蕎麦屋で粋に飲む手引書です」とあります。まず表紙の写真でそそられます。表紙は神田まつやの店内で白磁の徳利と白磁の杯、蕎麦味噌、板わさ、もりそばが写っています。内容もカラー写真がふんだんに使われています。更科堀井の焼き海苔、室町砂場の玉子焼、茅場町長寿庵の鴨の合焼き、神田まつやの天ヌキ…。蕎麦屋で飲む酒を「蕎麦屋酒」とか「蕎麦前」と言いますが、この本を見ると蕎麦屋で一杯やりたくなること請け合いです。

私は蕎麦屋ですが「蕎麦前」「蕎麦屋酒」に憧れがあると思います。商う側としではなくて飲み手の一人としてです。おおごっつお(大御馳走)で飲む酒よりも「蕎麦前」はやっぱり粋だと思うのです。

2冊目はNHK出版、藤村和夫著「蕎麦屋のしきたり」です。袴には「粋に呑み、粋に食う。蕎麦通の薀蓄教えます」とあります。「…蕎麦通の薀蓄…」などというちょっと節操のない物言いながら、内容はしっかりしていてとても面白かったです。藤村和夫さんは元「有楽町更科」の4代目で、実際に蕎麦屋の仕事を熟知した上で書かれているからだと思います。その上で特に興味深かったのは蕎麦屋の天麩羅蕎麦について書かれた項です。
『「天麩羅蕎麦」は蕎麦屋の代表的な「種物」ですが、鴨南蛮や玉子とじが発売以来150年間ほとんど変わらぬ形であるのに対し、このくらい格好や売り方が変わったものはありません。』と始まり、波瀾万丈のいわゆる「蕎麦屋の天麩羅」の変遷について語られています。
     ※「蕎麦の話」の中の「天ぷらそばの天ぷら」 も稚拙ながら蕎麦屋の
        天ぷらの変遷についてお話しようとしたものです。ご参照ください。

3冊目は光文社新書、古川修著『蕎麦屋酒 ―ああ、「江戸前」の幸せ―』です。袴は「舌だけでなく、知と五感をフルに使い、蕎麦と酒肴と酒を愉しむ」となっています。
「はじめに」で著者は
『蕎麦屋で飲む酒は格別であり、居酒屋とは一線を画する』
といい、第一章「蕎麦屋酒の至福」で
『日本人に生まれてよかったと思うことは多々あるが、蕎麦屋で酒を飲むときこそ、まさにその最高の幸せを感じる』
といいます。
そして第6章「日本酒を美味しく飲む」 蕎麦屋の酒/ 大手の酒はまずいか?/ 幻の銘酒は美味しいか?/ 吟醸酒ブームのあと/ 酒の味のりと熟成…などは知らないことが多く、とても刺激的でした。

4冊目は作品社、渡辺文雄編「日本の名随筆別冊19 蕎麦」で池波正太郎をはじめ35人の方々が書かれた蕎麦の随筆集です。何回も座右に置いて読み返したい1冊ですが東海林さだおの「蕎麦屋の地獄」には参りました。
「人間はいつどこで、どういう災難にあうかわかったものではない。」で始まるこの一編、都内のある駅ビルの昼時の蕎麦屋で、いずれも相席らしい三人の中年女性の小さなテーブルに案内された東海林さんの災難を切々と綴ったものです。思わず笑い声を上げて読んでおりましたら、女房が可笑しいと訝りますので、読んで聞かせてやりました。女房も可笑しいと声を出して笑いますが、私のほうはもっと可笑しく、鼻は垂らすは涙は出るは、ぐちゃぐちゃになりながら音読したのでした。あーあ、こんなに可笑しいのは何年ぶりだったろうか?

かくして私の至福のときはヒーヒーという笑い声とともに過ぎていったのでした。蕎麦好きの皆様、よろしかったらご一覧あれ。(2004/11/16)

 

蕎麦のビタミンと食物繊維

<ビタミンB1B2
お蕎麦には多くのビタミン類が含まれていて、特にビタミンB1B2の含有量は穀物の中でも最高です。脚気予防や心臓病予防の効果、食欲不振の解消効果があると言われるビタミンB1はお米の4倍、小麦粉の2倍含まれます。高血圧、動脈硬化の予防効果があり、不足すると皮膚や粘膜を健康に保つ事のできない(不足すると口内炎、口角炎などにかかりやすくなる)ビタミンB2はお米の4倍含まれています。

<コリン>
ビタミンB群の一つであるコリンは肝機能の促進効果があり、肝臓に脂肪のたまるのをふせぎ、肝硬変やガンの発生予防にも役立つといわれています。またコリンはアセチールコリンをつくるもとになります。アセチールコリンは自律神経系の働きに関係があり、副交感神経刺激になくてはならないもので、これが欠けると喜怒哀楽が失われたり、心臓、呼吸器、胃腸の働きが正常でなくなってしまいます。

<パントテン酸>
ビタミンB群の仲間で、蕎麦には白米の3倍以上含まれています。抗ストレスビタミン・パントテン酸(ビタミンB5)には疲労回復や炎症をやわらげる働きのあり、胃痛、頭痛、さらに脳出血などを防ぎ血液中に含まれる免疫力を補ってくれます。

<食物繊維>
お蕎麦には約4.7%のヘミセルロースといわれる食物繊維が含まれます。その量は小麦粉の約2倍、白米の8倍以上になります。常用量から見た最も食物繊維を含む食べ物の1位は納豆(1パック50g中4.8g)ですが、蕎麦は1人前100gあたり4.7gでおから(1人前50g中4.7g)と同量で2位タイとなります。ちなみに4位は甘栗(60g中4.2g)です。近年、五大栄養素(たんぱく質、脂質、糖質、ビタミン、ミネラル)に続く第六の栄養素として大変重要視されている食物繊維は、便秘の予防、解消のみならず、糖尿病や血中コレステロール値を減少させ動脈硬化症、胆石症の予防に効果があるとされています。

<一昨日、泉家の囲炉裏に炭が入りました。久しぶりの炭の香りはなかなかよいです。今回は蕎麦の栄養の中で「蕎麦のビタミンと食物繊維」の話ですが、ビタミンの一種のルチンは次回にさせていただきます。内容につきましては、諸先輩や先生といわれる方々が書かれたもの、色々なHP、百科辞典等々を参考にさせていただいております。>  (2003/10/21)

清めのそば

先日、不肖の娘から電話がありました。北海道で勉強している友人が食物の境界線について調べており、糸魚川あたりがカナリ怪しいということで現地民への聞き取り調査を頼まれたのだそうです。角餅か丸餅か、正月の魚はブリかシャケか、白ねぎか青ねぎか、味噌はどうなっているのか・・・等々聞かれ、現地民の一人と致しましては有り体に白状いたしましたが、最後に、節分の豆は大豆か落花生か、ときました。チョットたじろぎましたが、しばらく考えまして「大豆か落花生かは地理的境界線とは・・・関係ない・の・ではなかろうか」と聞き取り調査担当女子に現地民というカテゴリーを超越いたしまして恐る恐る疑問を提示しておきました。
 
さて、「年越そば」ほど認知されておりませんが、節分に食べるそばを「節分そば」といいます。
節分は鬼払いの行事で、旧暦の年越にあたるそうです。本来は季節の移り変わる境目、立春、立夏、立秋、立冬の前日すべてが節分だそうですが、現在一般的には旧暦の新年にあたる立春の前日を呼ぶことになっています。そういう意味では、今は「大晦日そば」を「年越そば」と言っておりますが、「節分そば」が「年越そば」だといっても差し支えないわけです。

2
3日に[節分そば」を食べて、晴れ晴れしく立春を迎えます。
「節分そば」は、鬼を払い、初春を迎えるための清めのそばなのです。

ちなみにわが家の豆まきの豆は、拾ったり食べたりするのに始末がいい、という極めて軽薄ながら何故か妙に説得力、威圧力?のある女房の意向で、最近は落花生を使用させていただいておりますです。(2002/2/14)

盛り方の基本

先日、クイズ番組を見ていましたらこんなのがありました。
問題:「角せいろに蕎麦を盛る場合、正しいのはどれか?」

一番:四隅に分けて盛り、最後に真ん中に盛る。
二番:右と左に分けて盛る。
三番:下、真ん中、上と重ねて盛る。 
四番:素早くさっとひねるように盛る。

正解は一番で、盛り方の基本になります。
四つに分けて盛ってから最後に真ん中あたりに五つ目をパラパラッと盛ります。そうすれば、五つに分けて盛っていても、見たところ分けて盛ってあるようには見えず、一体感が出て見目麗しくなります。テレビでは角せいろ(正方形のせいろ)の絵で設問が作られていましたが丸せいろの場合でも同じ盛りかたです。理由はその方が蕎麦を取りやすくて、食べやすいからなんですね。

私も駆け出しの頃、店長から「こうやって分けて盛るんだよ」と教わった事を思い出します。でも忙しい店でしたので基本どうりにやっていると注文をこなしきれない訳です。見かねて先輩が「変わろうか」という事になってしまいます。『まだまだだね・・・』と言われているわけでヤッパリそれは悔しい。そこで先輩方を見て見ますと、一番ではなく、四番の素早くさっとひねるようにして盛っているように見える。仕事は見よう見まねで覚えるという世界ですから先輩方の上っ面だけ真似をするということになってしまいがちです。

しかし、先輩方の仕事をジックリ見続けますと、彼らの仕事が「基本の崩し」で、尚且つその中にも「基本にのっとった崩し」の人と「基本を無視した崩し」の人とがいる事が分かってきます。基本を忘れない人の仕事は綺麗ですから、綺麗な仕事を見よう見まねで覚えて行けばよいわけです。

若い時は目の前の基本の技術しか目に入りませんでした。洗い場から始まった私の修行時代は技術的な事に熱中出来た時期でありました。未熟だからこそほかの事が目に入らなかったのですが、私にとっては幸せな珠玉の時間であったと今は解ります。

基本を大切に仕事をして行くと基本の向こうにあるものが見えてくるような気がいたします。大切なものが見えてきますと基本から始まり「基本の崩し」を経た仕事がまた基本に立ち戻ってゆくのではないかという気が、最近はいたしております。(2002/3/21)         










 

 




















蕎麦の話

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糸魚川のお蕎麦大好き蕎麦店主が立ち上げたお蕎麦密着型Web

夏の薬味

青空がとってもきれいで、太陽がまぶしすぎる8月の越後糸魚川からおおくりします。

最近の猛暑で身も心も少々ヘタリぎみな今日この頃、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。7月31日にはお隣の上越市で38,9℃という扁桃腺の熱みたいな数字を記録したそうです。38度を超えるのは今年3回目くらいかな?

そんなヘタッた心と体にカツを入れてくれるのがお蕎麦の夏の薬味「へれつぶ」なのですが、今夏は昨日、8月2日で終了してしまいました。お盆を過ぎたくらいでお仕舞になるのが例年ですので、今年は猛暑の日数(ひかず)に比例して「へれつぶ」のウレユキもよかったようです。

6月から始めた生そばのクール宅配にも「へれつぶ」をお付けしました。なじみのないお客様になかなか受け入れてもらえないのではないかと迷いましたが、当地の夏の味をそのまま、泉家でお出ししている通りにお届けしたいとお付けすることにしました。そのままでは何がなんだか分かりませんので、次のような説明書きを付けました。

◇「へれつぶ」
同封のラッキョウ状の物はあさつきです。これを糸魚川では「へれつぶ」といいます。薄皮をむき、かじりながらおそばをいただくわけですが、鮮烈な辛さと清新な香りがあり、おそばの甘味を引き立てます。
初めて召し上がられるお客様は「へれつぶ」のあまりの辛さにビックリされます。私も10年以上離れていた糸魚川に帰ってきての最初のひと夏は「へれつぶ」の辛さに戸惑いましたが、今では、6月になって「へれつぶ」が出るのを心待ちにしている一人です。ただ、8月の末頃に薬味が長ネギに変わるとホッとするのも事実で、まさに「へれつぶ」は暑い季節に良く合う「夏の薬味」と申せましょう。


今日は定休日。明日8月4日からは薬味が長ネギに変わります。へれつぶが長ネギに変わっても、「ホッと」するのはもう少し先になりそうですが。(2004/08/03)

 UP

明けましておめでとうございます
 本年も変わらぬご愛麺の程
  よろしくお願い申し上げます 
  2002年元旦  
 そば処 泉家

泉家のお雑煮はもり蕎麦のつゆを使います。
餅は角餅を焼いたもの
具は鶏肉、蒲鉾、こんにゃく、セリ、大根、焼き豆腐です。
 皆さんのところはどのようなお雑煮ですか?

富山県魚津市出身の女房の実家では
角餅を焼かずにそのまま煮てしまうそうです。
糸魚川とは100キロも離れていないのに
ずいぶんと違うものですね。

70
歳を越す義父母達は
お雑煮の餅を四つずつ食べたそうです。
「ヨ、ヨ、ヨッツも・・・!」
驚く私に義父母達は
「なーに、前は8個くらいは食べたもんだ」
「ウーン・・・・・・」

私共も負けずに今年一年頑張りたいと存じます。

忘れ得ぬ味

豆まきの時期になりますとここ数年女房と次のような話を致します。

「あの時の天ぷらそばは、美味しかったよねえ」(女房)
「うまかったよなあ。何であんなにうまかったんだろう」(私)

あの日、6年前の24日、泉家の父の通夜の日に、準備で集まっていただいた方々のお昼に有り合せの材料を使って天ぷらそばをお出ししたのでした。そんな間に合わせの天ぷらそばが、他の方々にはお聞きしておりませんが、私と女房に取りましては今まで食べた中で一番美味しかった天ぷらそばだというのです。

その時の天ぷらそばを彼女も「一番美味しい」と思っていたという事は、数ヵ月後になって初めて知ったのですが、不思議なのは、当日は「食べる」と言うこと自体に気が行かない位の精神的ダメージを二人とも受けていたはずで、何かを食べて美味しいと感じるような状況ではなかったはずなのです。なんであんなにうまかったのか、自分達の体調も含めて当時の状況を一つ一つ思い起こしてみるのですが、毎年、納得のいく説明がつかないのです。

何であんなにうまかったのかは分からずじまいなのですが、ハッキリしているのはその日が父の通夜の日だったということで、このごろ、あれは「オヤジの天ぷらそば」だったからかなあ、という極めてウエットな、気恥ずかしくもある説明を、個人的には受け入れてもよいのかなと思い始めています。と申しますのは、通夜の日、隣のお仏壇の部屋に寝かされていた父が、かけられた白布の下で「どうだウマイだろう」と得意になって笑っていたのではないかという私の勝手な想像が、親しみや可笑しさや懐かしさを伴って私の胸に浮かんできては離れないからなのです。

かくして24日の天ぷらそばは私の忘れ得ぬ味の一つとなったのですが、その後、そういう天ぷらそばには未だにお目にかかっておりません。人との出会いと同じように忘れ得ぬ味との出会いも一期一会なのかもしれません。(2002/2/14)

冷たいお蕎麦が気持ちいい

禁煙して5ヶ月半になります。小生、三度目の禁煙です。一度目が26歳、二度目が40歳の頃です。前の二回はどちらも1年2、3ヶ月で挫折しました。今回は「三度目の正直」となるか「二度あることは三度ある」になるか・・・。いずれにしましても5ヶ月くらいであまり大きなことは言えないキョコノゴロなのではあります。

禁煙も三度目となりますと比較的冷静に我が身を見つめる事が出来るようです。最初の何日目はこんな禁断症状で、何週間経つとこんな感じになって・・・と以前の経験がありますので怯えずに比較的冷静に居られる訳です。しかしその事で禁断症状が和らぐかと申しますとそれは全く違うのであります。

肉体的な禁断症状は2ヶ月位続くのですが、今回は前の2回よりもさらに強いノドの渇きと火照りに悩まされました。年齢と共にニコチンとだんだん抜き差しならない関係になっていたようです。血液が逆流するような感覚、頭や体の細胞が並べ替えられているような感じ、この二つは今回初めて経験した禁断症状で、なかなかに手強かったのです。

ノドの火照りに戻りますが、私のお昼は季節によらず大概毎日冷たいお蕎麦です。「洗い」よく、きりっと引き締めた冷たいお蕎麦が火照ったノドにとても気持ちよかったのです。また禁煙しますと異常なほど食欲旺盛になります。前回、前々回はどちらも3キロずつ体重が増え、減ることなく現在にいたっておりますので、今回はなんとしても回避いたしたく、朝食を抜いて一日二食としましたため、お昼の冷たいお蕎麦が一層楽しみになったのでした。

前回と前々回は水と深呼吸だけで禁断症状の2ヶ月間を乗り切りました。今回は禁煙補助グッズとして「のど飴」と「キシリトールガム」、そして水と深呼吸に加えて「冷たいお蕎麦」の力も借りて2ヶ月間を乗り切りました。お蕎麦は別にしても、キシリトールガムがいまだに止められず、禁ガムしなければならないものだろうか?とチョット気になり始めている、そして食欲との戦いの方は依然として続いているキョコノゴロなのであります。(2002/6/9)

生卵くらさ

先々週久しぶりに自転車に乗りました。友人と2人で3時間ほど、春の陽と風まだ冷たかったを受けながら糸魚川をサイクリングしました。中年男がサイクリング・ググググググなんて笑わないでくださいね。光に輝く新緑と南の残雪を抱く青い山並とのコントラストが実に見事でした。ホーント、気持ち良かった。

しばらくご無沙汰いたしました。
落ち葉を拾い集め、暖めあっているうちに、雪が降り積み、雪解けサラサラで、サクラが終わり、気が付けば「夏大根イト・ウレシ」から季節が3回変わりました。
また懲りずに暇に任せてテキトーにノロノロマイペースで書き込みを続けます。どうぞよろしくお付き合いのほどを。

さて、そば屋のオヤジが蕎麦が好き、なーんてのはあまりにベタな話で申し訳ないのですが、私はほぼ毎日お昼にはもり蕎麦を食べます。最初、つゆをひとなめ、一口目はつゆに何も入れずに、二口目は薬味をチョット入れて、三口目はワサビを入れて、四口目はてな具合に楽しみます。そして終いの方になると生卵を入れて食べたりするのですが、実はこれが中々イケルのです。この時生卵の量が問題で、一度に一個丸まる猪口に入れてしまいますと溢れんばかりになって多すぎますし味も薄まります。残りのそばの量にもよりますが3分の1から半分も入れれば十分です。

ところで、これ「玉付」はぎょくつきと読みます。「もりそばに生卵を付けてくれ」とご注文を受けますと「もり一枚ぎょくつきで」と仕事場へトウシます。ちなみに「温かいかけそばに生卵を入れてくれ」となりますと「ぎょく落ち」となります。この玉付、最近ご注文される方が昔よりメッキリ少なくなったような気がするのです。昔とはいつ頃だったか?私の子供の頃、卵が今より貴重だった頃

幾つか理由が考えられるのでしょうが、我が身を省みれば確かに、いかにもコダワッテマスというそば屋さんに入って、はたして玉付で注文できるかといえば、ちょっと勇気のいる所業であるとは思うのです。権威にカラッキシ弱い私は、どこどこの総本家だの御三家だのと聞けばなおさらで、周りのソクラテスやプラトンのような顔をして蕎麦を手繰っていお客さん達の目も気になります。たとえば並木に行って「これが江戸そばのつゆデェーイ」というようなコダワリの三乗みたいなカラリンコのそばつゆに「生卵くらさーぃ」とは小さな声でも中々言いずらいのです。

そもそも「コダワリノ」だとか「キューキョクノ」だとか言うことを、お客様の前にこれでもかとさらけ出す事を、とても恥ずかしい事のように思ってきました。お蕎麦を美味しく食べるのにビックリ箱は必要ないじゃありませんか。最近は「コダワリノ」や「キューキョクノ」とか言う話になると、「当たり前の仕事にコダワリタイ」とお答えするようにしています。当たり前の仕事をきちんと積み上げていくフツーのそば屋の方が良い。「当たり前の仕事」に密かにコダワリタイのです。余分なものは何も無い、だけどそば屋に必要なものは全部ある、そんなそば屋がよろしいなア。

で、昔とはいつ頃だったか?私の子供の頃、タイソーに殊更カッコーなんか付けなくても、そば屋がフツーのそば屋で居られた頃。そんなわけで、あるいはそんなわけではなくても、フツーのそば屋泉家では玉付大歓迎なのです。今度是非お試しあれ。(2003/5/10

商店街のつばめ

案ずるより産むが易しか
一週間ほど前、泉家の車庫の軒下でつばめのヒナが2羽孵りました。昨年初めてそこに巣を作ったのですが1羽も孵りませんでした。今年こそは何とか無事に孵化してほしいと思っていたのです。

向かいの銀行やその並びの酒屋さんのつばめのヒナは2週間くらい先に生まれました。それぞれ5羽づつです。銀行さんのつばめの巣はバス停の上なのでバス待ちのお客さんがみんなニコニコしながら見上げています。親鳥も人をおそれる風ではありません。それに比べて泉家の車庫の軒下のつばめは私どもが近づくだけで飛び立ってしまうのです。あんなに臆病だったら卵を抱く暇がないのではないか

ある朝シャッターを開けると、卵が一個落ちて割れていました。近所のかたに「道路の端にも一個転がっていた」と教えてもらいました。向かいの銀行の雁木の5羽とその並びの酒屋さんの5羽は巣からはみ出さんばかりに大きくなっているのに、ウチの巣からは一向にヒナの鳴き声が聞こえて来ません。親鳥は依然として卵を抱く体勢を取っていて、私共が近ずくと慌てて飛び立ってしまいます。卵が巣にないのに抱くまねをしているのではないか。死んだ卵を抱いているのかもしれない。心配は尽きなかったわけです。

つばめは一夏に2回繁殖するそうです。そして人口建造物にのみ巣を作るのだそうです。商店街にも沢山のつばめの巣がありますが、それはカラスなどの天敵が少ない所をつばめが選んでいるのだと聞きました。今、そのヒナ達は次々と巣立ちの時を迎えています。向かいの酒屋さんのヒナも昨日みんな巣立ったそうです。案ずるより産むが易しと言いますが、巣から落ちたり、巣の中で飛び立てずに死んでしまった商店街のつばめのヒナを見ていると、そんなに甘くはないぞ、という気持ちにさせられます。2羽だけでも孵って良かったと家のものと話していましたら、日をおいてもう2羽孵り全部で4羽になりました。ウチの軒下のヒナの旅立ちは梅雨明け頃、祇園さんの頃になるのでしょうか。なんの助けにもならないのですが、そっと見守りたいと思っています。

つばめといえば「巣ごもり蕎麦」を思い浮かべますが、これだけ蒸し暑いと揚げ蕎麦でもないでしょう。つばめは夏鳥です。今時分は「冷や冷や」か「サッパリ」の方が良いようです。今年から本店でもサラダ蕎麦や冷やし山海をお出ししています。サッパリ、冷や冷やで、サクサクのツルツルでゴクンゴクンって、おっと最後は余計でしたか、エーおやかましゅうございますが、こんなのが宜しいようで。(2003/7/7)      

冬至の柚子切りのこと

昨年の事で恐縮ですが、冬至になると懐かしく思い出すのが「柚子切り」です。ただ、数日後に大晦日の年越そばが控えているため、いつもアワタダシク通り去ってしまうのが私の冬至の「柚子切り」の思い出でした。そこで、昨年どころか、もう豆まきも終わってしまったのに申し訳ないのですが、一度ちゃんと冬至の柚子切りの記憶をお話しておきたいと思ったのでした。

「柚子切り」と申しますのは、更科そばにゆずの皮を揉みこんだ変わりそばのことです。変わりそばは、卵切り、茶そば、桜海老、ごま切り、海老切り、けし切り、草切りなど他にもたくさんありますが、その中でも柚子切りはとても美味しい部類の変わりそばです。私の勤めておりましたそば屋でも冬至になると柚子切りをお出ししておりました。冬至の日だけで、通常の営業とは別に、220〜230食の柚子切りを用意して、無くなったらお終いという事にしておりました。

分量は柚子切り10人前に対して大き目(とても大きいです)の柚子が6個ですので、用意する柚子の数は130〜140個です。柚子は表面の皮だけを使います。裏のワタ毛がつかないように丁寧に表面の皮だけをむきます。この表皮だけになったものに、水を少し加え、ミキサーで充分に擂り潰し、どろどろにします。これを裏漉しにかけると、クリーム状のきれいな柚子の糊がとれます。それを二八の更科粉(更科粉八、小麦粉二)に混ぜて打つわけです。

さて更科そばを打つのには「湯ごね」をいたします。つまり更科粉の四分の一の量を熱湯でそばがき(このそばがきを「新粉」といいます)にしてから、残りの粉を合わせて打ってゆきます。一方柚子切りは糊状の柚子の分量が入りますから、新粉の量は更科粉全体の四分の一のそのまた三分の二位にしなければなりません。柚子の糊は新粉を作った後で加えるのですが、その際、柚子の糊を十分に湯煎して温めておくことが大事です。更科そばは温かみのあるうちに打ち終えなければ、足が繋がりにくい(そばが長くならない)からです。

柚子切りはお店では揚げたてをお出ししますが、更科そばのときにお話しましたように、本当に美味しいのは(ここだけの話ですが…?)素早く水切りをして御土産そばにした時です。昭和58年当時、更科そばの御土産3〜4人前用の「竹」が2,000円で1人前用の「梅」が700円の時、柚子切りの御土産そばの「竹」が2,800円で「梅」が900円位だったと思います。

その日は私も柚子切りの「竹」を買って帰りました。家に帰りおみやの蓋を開けるとおそばは上品な柚子の色です。小さな我が家が柚子の香りに包まれました。私たちはその年の4月に二番目の子供が生まれていました。私は熱燗をつけて貰い、家族そろって柚子切りを頂きました。今にして思えば柚子は青春の香りだったか…。その後、子供とだったか一人でだったか、風呂に入る時、湯船に、薄く表皮がむかれた大きな柚子が家族の人数分、ぷっかりと仲良く浮かんでいたのは、よく覚えています。(2004/02/25)
返し(かえし)

以前、泉家HP立ち上げのときに「生がえしと本がえし」の話しをいたしましたが、もう少し付け加えたりして、返しの話をしてみますね。
前回の内容は次のとうりでした。

『醤油と砂糖をまぜ合わせたものをかえしといいます。土中のかめなどにねかせておくと、醤油の角がとれ当たりがおだやかになります。「本がえし」はかえしを取る時に醤油を加熱したものであり、「生がえし」は醤油を加熱していない生のかえしです。一般に、「更科」系の白っぽい蕎麦には、風味が弱いので、そばつゆは醤油の風味を徹底的にころした温和な汁を作るため「本がえし」の方法にし、「藪」系の挽きぐるみの蕎麦には、すっきりとした冷たい辛さが合っているため、「生がえし」の方法がとられているといわれます。

「醤油を加熱する」というのは醤油を沸騰寸前まで加熱するということです。醤油を加熱しますと黄金色の細かなクリーミーな泡が表面を覆いつくします。そのうち真ん中辺にぽっかりと穴が開いて醤油が顔を出します。これを「窓が開く」といって窓が開いたら加熱終了です。沸騰させてはいけません。私の修行先の主人は「醤油に加熱すると醤油屋さんが嫌がるんだよ、アハハハハ」と申しておりましたが、どちらが上等ということではなくて、「本返し」も「生返し」もそれぞれ持ち味があるわけです。

「砂糖とまぜ合わせる」といいますのは砂糖をそのまままぜ合わせるのではありません。多くは一定量の水で砂糖を煮溶かし、かえしと合わせます。お店によっては醤油の一部で煮溶かすところもあるようです。

本返しは更科系や砂場系で多く使われます。生返しは藪系で多く使われます。本返しと生返しを半分ずつ混ぜる本生返しというのもあります。

いずれにしましても、返しにだし汁を加えてそばつゆを作り、つゆと返しを組み合わせて丼もののつゆや天丼のつゆ、店によっては焼き鳥のタレや鬼がら焼きのタレを作るわけで、返しは蕎麦屋の味の基本です。

一種類の返しでやっておられるお店が多いと思いますが、泉家では二種類の返しを取っています。まず、もり(つめたいお蕎麦)用のつゆとかけ(あたたかいお蕎麦)用のつゆとは性格が違うためにもり用とかけ用の二種類の返しを取っています。二種類とも生がえしです。そしてもり用の返しの一部にみりんを加えて加熱したものを第三の返し、御膳返しとして使っています。第三の返しはいわば、醤油を加熱するということで「本返し」です。ですから正確に申せば三種類の返しを取っていることになります。

種類が多ければいいという訳ではありませんが、泉家の場合、第一と第二の返し、そしてそばつゆと第三の返しが味の基本になっており、それぞれが絶妙に結びついていますので一つをかまうと味のバランスが崩れてしまいます。つまり第一と第二の返しが味の基本になり、第三の返し、御膳返しが万能調味料になっているわけです。

ソモソモ、もり蕎麦とざる蕎麦はどこが違うのか?ソモソモ、はつゆが違います。ざる蕎麦のつゆには御膳返しが入りますので、表現が適切かどうか自信がありませんが「どっしり」としたつゆになります。書かれたものを見ますと「もりとざるの違いはつゆの違いですが、最近では御膳返しを取る店がほとんど無くなったのでもりとざるのつゆを違えている店は少なくなった」とあります。

なぜ取らなくなったのかちょっと分かりませんが、少なくとも泉家では万能の御膳返しを手放す気などはございませんが…。(2004/10/09)
幾つまで

父親から泉家を継いでくれといわれたことは一度もない。むしろ「継がんでいい、好きなことをやればいい」と再三にわたり言われていた。それでも自分の意思で継いだのだから、今も良くは分からないのだけれども蕎麦屋が私の好きなことだったのかも知れない。

さて、好きで継いだ蕎麦屋だから私の代でお仕舞いにしてもかまわないと以前から思ってきた。子供たちにも私の父親と同じように「一度の人生、好きなことをやりなさい」と言い続けてきた。おかげで3人(姉、弟、妹)の子供たちは蕎麦屋とは関係のないそれぞれの道へ進み出しそうである。

昔、真ん中の長男が「蕎麦屋になるためにはどの高校に行けばいいのか」と聞いてきた。なんと答えたかは忘れたがこの子なりにマワリからのプレッシャーは感じているんだなと思った。そんなモヤモヤとしたプレッシャーは跳ね除けてやりたいものだと考えていた。

先日帰省していた長男に聞いてみた。
「お前、定年後に泉家を継いでくれんか?」
「うん、いいよ」

新たなマサカな目標が出来ました。子供が60歳で定年したら私は88歳まで、定年が延びて65歳だったら私は93歳まで^○^蕎麦屋をやらなければならないのだ!(2005/07/19)
右か左か、さあドッチ?

左ヒラメ右カレイはヒラメとカレイの見分け方ですが、左か右かといえば焼き魚の頭は左向きですよね。海老の塩焼きも左が頭ですね。では、天ぷらそばの海老天の向きは、さあドッチ?

ピン揚げ(一尾を棒のように揚げたもの)の場合は、頭が付いていたのをイメージして尻尾を右にする場合が多いようです。現在の泉家も、お客様が右利きの場合に召し上がりやすいとも思いますので、尻尾を右にしてお出ししています。

つまみ揚げ(数本の海老を等間隔に並べてつまみ、四角い筏の形に揚げたもの)の場合は、以前の泉家の天ぷらがそうでしたが、海老の御生前のオスガタを偲ぶことなく、尻尾の方を左に向けろとウチの年寄りが頑固に申しておりました。四角い筏から出た数本の尻尾をつまみ揚げの頭と見なしているのだと思います。

以前、修行先の店で海老の天ぷらの向きに話が及んだとき、主人が古い先輩の話と前置きして「その日の天ぷらそばの一杯目、左向きに海老天の尻尾を置いたらその日一日は左向き、右に置いたらその日一日は右向き」と笑いながらも大真面目に教えてくれました。^○^本当かどうか、真偽のほどはいまだ分かりません。

海老の背中をお客様にお向けするのは失礼ということで、海老の腹側が向くように通常とは逆向きに揚げているお店もあります。右、左ではなく尻尾が12時方向のお店もあります。店々でその店なりの流儀があろうかと思います。そうなりますとこのお題の方も「右も左も、ドッチとも!」ということになりましょうか。(2005/02/15)
2001-12-05 シンジガタキコトナレド
2001-11-06 鴨南ばんと牡蠣そば
2005-07-19 幾つまで   2001-10-06 業突張りのコンコンチキ
2005-02-15 右か左か、さあドッチ? 2001-09-11 きっかけの一杯
2004-11-16 至福のとき   2001-07-30 そうめんとひやむぎ
2004-10-09 返し(かえし) 2001-07-14 サルボウ
2004-08-03 夏の薬味  2001-07-04 蕎麦っ食いのロマン
2004-06-29 風評=遺伝子vs蕎麦パワー 2001-06-23 カレー南ばん
2004-05-25 天ぷらそばの天ぷら 2001-06-12 食べ歩き考
2004-04-20 春が来る日
2001-05-29 薪釜の仕事
2004-03-16 お蕎麦大好きそば店主? 2001-05-10 5月3日の成人式
2004-02-25 冬至の柚子切りのこと 2001-04-19 へっつぶ、ひっつぶ、へれっつぶ
2003-11-26 新蕎麦(秋新)になりました 2001-04-03 もりそばのつゆ
2003-11-04 ルチン  2001-03-21 音を立ててもいいの?
2003-10-21 蕎麦のビタミンと食物繊維 2001-02-16 更科そば
2003-10-14 蕎麦のたんぱく質 2001-02-08 霧下のそば粉
2003-07-07 商店街のつばめ 2001-02-08 木鉢三年
2003-05-10 生卵くらさーぃ 2001-02-08 生がえしと本がえし
2002-09-09 夏大根イト・ウレシ 2001-02-08 蕎麦と酒
2002-06-09 冷たいお蕎麦が気持ちいい 2001-02-08 のびた天ぷらそば
2002-04-19 春の応援歌 2001-02-08 水の一切れ
2002-03-21 盛り方の基本 2001-02-08 湯桶(そば湯)
2002-02-14 忘れ得ぬ味 2001-02-08 職人哀話
2002-02-14 清めのそば 2001-02-08 年越しそば
2002-01-01 明けましておめでとうございます 2001-02-08 秋そば(秋新)
春が来る日

糸魚川に春を呼ぶ4月10日の「けんか祭り」は天候にも恵まれ、花の香漂う宴のむしろで「ええ祭りだったわ」の声とともに終了しました。一方、泉家に春を呼び込むのは「池掃除」で4月16日に御身湿やかに(?)執り行われました。

今年嬉しかったのは、金魚が19匹とも冬を越したことです。19匹の内1匹は臆病で慎重な性格のようなのですが二冬目を越し、残り18匹が初めての冬を無事に乗り越えました。冬の間は縁の下の方に居て姿を見せませんでしたが、3月になり、水が温み暖かな日は少しづつ姿を見せるようになって、最近では17、8匹を確認出来るようになっていました。

一昨年の確か11月のある日、ふと気がつくと金魚が一匹もいません。20匹位の金魚がまさに一夜にして忽然と姿を消したのです。この前までいた、いや三日前までいたとみんなでオロオロしても訳がわかりません。鳥かイタチかネズミか…と気を重くしたのでした。

翌春、何もいない池に赤いものがポツリ。1匹だけ生き残っていたのです。それが今年二冬目を越した金魚だったのです。その金魚は背骨が少し曲がっているためほかの金魚より早く泳ぐことが出来なかったはずなのです。臆病な性格が幸いしたのかもしれませんが、どういう幸運が彼にもたらされたのか、どのようにして窮地を乗り越えたのか、それは嬉しくも想像力をかき立てられる不思議な出来事でした。

そのような事がありまして、今年、池の水を抜くために金魚を捕まえたところ19匹全部が無事だったのです。あぁ春のうれしさ…。

泉家の季節の品の入れ替えは、以前は「暑さ寒さも彼岸まで」ということで彼岸過ぎにやっていましたが、糸魚川の季節感と合わない気がしました。10年ほど前から4月10日に入れ替えるようにしています。そのほうが当地ではシックリくるようです。やはり4月10日は糸魚川に春が来る日なんだなあと実感しています。(2004/04/20)